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最高裁判所第一小法廷 昭和34年(し)69号 決定 1960年3月30日

申立人 根本文雄

右弁護人 坂本修

松本善明

上条貞夫

今井敬弥

右申立人根本文雄に対する傷害被告事件に関する裁判官忌避申立事件について、昭和三四年一一月一七日東京地方裁判所がした準抗告棄却決定に対し、右申立人から特別抗告の申立があつたので、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

本件特別抗告を棄却する。

理由

本件特別抗告の趣旨は、末尾添附の書面記載のとおりである。

特別抗告の理由一は、違憲をいうが、原決定は、本件忌避の申立が訴訟を遅延させる目的のみでされたことが明らかであると認定しているのであつて、論所のように忌避された裁判官が自ら忌避の当否を判断することを許容したものでないから、所論は、原決定の判示にそわない主張を前提とするものであつて、特別抗告適法の理由とならない。

同二は、違憲をいうが、原決定は、所論のように、内田裁判官の処置が違法でないことを理由に訴訟遅延のみを目的とすることが明らかであると認定したのではなく、忌避申立までの訴訟の経過及び忌避の事由に鑑み、本件忌避の申立は訴訟遅延の目的のみでされたことの明らかなものと認めるのが相当である旨判示しているのであつて、憲法三七条一項の解釈について法律上の判断を示しているものでないから、所論は、その前提を欠き、特別抗告適法の理由とならない。

同三は、判例違反をいうが、引用の判例は本件に適切でないから、前提を欠き採ることができない。

なお、昭和三四年一二月九日附特別抗告理由書は、特別抗告申立期間経過後に提出されたものであるから、これに対し判断を加えない。(昭和三四年(し)第一四号、同年四月一三日第三小法廷決定、刑集一三巻四号、四四八頁以下参照。)

よつて、刑訴四三四条、四二六条一項に従い、裁判官の全員一致で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 斎藤悠輔 裁判官 入江俊郎 裁判官 下飯坂潤夫 裁判官 高木常七)

昭和三四年(し)第六九号

申立人(被告人)根本文雄

申立人根本文雄の特別抗告申立

趣旨

原決定を取消す。

理由

一、原決定は憲法三七条第一項「公平な裁判所」の保障に反するものである。

原決定は忌避申立理由である事実の有無、その価置判断に実質的に立入り、忌避理由たる事実が存在せず、理由も又妥当でないことをもつて内田裁判官が忌避申立を簡易却下したのは適法であると判断している。

そして、これが準抗告棄却の実質的な理由である。

しかしながら言うまでもなく憲法第三七条第一項の実質的保障のためにもうけられたものであつて、忌避権は最大限度の尊重を必要とする。そして忌避制度の本質上若し忌避された裁判官に自ら忌避事由の当否を判断することを許すならば、それは忌避制度を崩壊させ、憲法第三七条第一項の保障を奪うことになろう。

準抗告に当つて原決定の様な立場をとることは忌避を申立られた裁判官が忌避理由の当否に立入つた上、形式的に「訴訟遅延のみを目的とすることが明らかである。」との一片の理由をかまえて簡易却下をしさえすれば忌避された裁判官が忌避の裁判を受けることも訴訟手続の停止をすることもなく審理を強行することを許すことになる。

即ちこの場合刑事被告人は準抗告する外はなく、しかも準抗告審が事実上忌避の裁判をすることになるのであるから忌避された裁判官をのぞく合議体が忌避理由の有無、当否を審判しこの間訴訟手続が停止し、仮りに忌避が却下されても即時抗告が出来るという「公平な裁判所」の保障のための忌避制度の根本はくつがえされ、事実上忌避権は奪われることになり、憲法第三七条第一項に違反する結果を来すものである。

二、原決定は、憲法第三七条第一項の刑事事件において被告人が公平な裁判を受ける権利についての解釈をあやまつている。

公平な裁判所の保障は単に客観的に公平な裁判所であることをもつて足りるものではなく、刑事被告人が、その主観において公平な裁判所として信頼出来る裁判官によつて裁判されることを保障する。

原決定は内田裁判官の処置が違法でない(その巧拙については批判の余地があるとしながら)ことを理由に訴訟遅延のみを目的とすることが明らかであつて簡易却下は適法であるとした。

仮りに裁判官の処置が違法でないとしてもそのことは、不公平な裁判をするおそれを被告人がいだくことを否定し得るものではない。

そうである以上裁判官の処置が違法でないということからは直ちに「訴訟遅延のみの目的」がみとめられるものではない。そして刑事被告人の不公平な裁判をうけるとのおそれは忌避された裁判官を排除した忌避裁判所によつて厳正に裁判されてその当否が決められるのである。

三、原決定は憲法三七条第一項の保障を客観的に公平な裁判所であると誤解し憲法三七条第一項を保障する忌避制度の理由を誤つていることを意味するものである。

原決定は昭和三二年九月十九日東京高等裁判所刑事第四部決定(昭和三二年(く)第七一号東高刑時報八巻一〇号三二七頁)の判例に違反する。

右判例は忌避の申立が客観的に権利の濫用であつても、主観的に訴訟遅延のみの目的に出たのでなければ簡易却下が許されないことを判示している。原審決定は、ただ忌避理由の存否及び当否について判断した上(この判断も全く事実を誤認し法律の解釈を誤つているが)裁判官の処置が違法でないことを理由に簡易却下の適法性をみとめたものであつて、右判例に違反するものである。

四、なお本件は詳細に理由を明らかにし疏明と資料を提出する必要があるので目下その準備中でありますので追つて至急提出いたします。

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